『案奉納について』
長野県神道青年会 副会長 押森 慎
毎年原稿の依頼がありますね…いよいよこれが最後かと思いますので、今しばらく耳を傾けていただけたら…目を向けていただけたら…いや、お目汚しいただけたら、幸いです。
正直にいいます。令和二年十二月二十六日(土)夕刻。台風十九号により甚大な被害を受け、長野県神道青年会としても復興支援活動奉仕を行った神社に、会として案を奉納しました。その時、その場所に…私が同行しておりました。正確に申しますれば、清住会長、松田事務局長が、年の暮れのせわしい合間を縫い、案を届けに行く、その現地に私が向かっただけです。
その心の内は、支援に一度しか参加できなかったこと、今回行くことで何も変わらないけれど、それでもと思い太田先輩の顔を見に行った、というところです。
なので、この原稿依頼が二月末に来た時は、心底信じられませんでした。立澤総務委員長の気は確かか?と思った次第です。でもそこは、人と人とのつながりあっての関係なので、込み上げる慨嘆を飲み込みつつ、一つ条件をつけて承諾しました(浅ましい)。
ただこの機会をいただけた事で、ふと記憶を辿り思い返してみると、そこにも〝つながり〟があることに気が付きました。
被災後の神社の姿と支援から今に至る神社の姿。清住会長を軸として、世代を越え、地域を越え、県境をも越えた支援の和。前進しつつある復興、まだまだ歯痒い現状。あれは?これは?どうやって?今後は?という、尽きない会話。
「こんな時期(新型コロナウイルス蔓延)じゃなければ、ゆっくりしてもらうんだけどね…。」
「時が来たら必ずお願いします。」
会長のやり取りを傍から見ていて、神青のつながりって強いなぁと思った瞬間。私は積極的に参加している会員ではありません。(※飲み会は別)正直、仕事…というよりは家庭という水の入った盆の漏れを手でふさぐことに四苦八苦(水は漏れつづけている)で、大変だなと思うこともありますが、参加しなければつながらなかったことが沢山あります。
一つ一つの何気ない事柄や神青としての活動が、こうして現れているのだなぁと改めて感じた出来事としてご報告致します。
返らぬ盆の水は、盆には水を足すことができると言い聞かせ、立澤総務委員長との一席を心待ちにしています。